意思決定バイアス1 ヒューリスティック

ある会社は、データマネジメントプリンシプルに「データ資産の価値は意思決定で最大化する」と記述している。
データマネジメントの目的の1つは、コンピュータを使ったデータ解析と人間の意味解釈によって物事の因果関係を明らかにし、最大効果を得られる意思決定を可能とすることだ。

ところが、企業における意思決定の最終段階は、人間の手にゆだねられている。経営トップや業務責任者が、データ解析の結果とは異なる選択肢を選ぶこともある。人間が判断すること自体に誤りが発生する可能性が潜む。
意思決定の過程で何を考え・どのように判断するのか、明確に意識している人がどれだけ存在するだろうか。今回のブログは、意思決定の過程で何が起きているかを考える。

企業における意思決定は、“合理的に行われている”はずである。しかし、実際は過去の経験から似ている状況を思い出し、“あの時こう対処したから今回も同じやり方で良いだろう”といった意思決定も見受けられる。いや、さほど重要と思われない意思決定のほとんどは、この方法だと言えよう。意思決定の際に利用される経験則や無意識に答えを選択するパターンをヒューリスティックという。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの著書「ファスト&スロー(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」(http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/90410.html)では、このようなヒューリスティックによる意思決定が考察されている。
意思決定のメカニズムを説明する際に、カーネマン氏が登場させたのが「システム1とシステム2」の人格概念である。システム1は、状況を即座に判断し行動に移す脳機能である。自動的で高速に働き、自分自身が何かをコントロールしている感覚がない。一方システム2は、熟考する脳機能である。「155×23の答えは?」と聞かれたときに、システム1を抑えて登場し、正しい答えを計算する。働きはゆるやかで、自分自身が考えていることを意識する。
ヒューリスティックが働くケースは、主にシステム1が登場し意思決定する場合である。
当然ながら合理的な意思決定は難しい。直観や経験側が優先されるからだ。

カーネマン氏は、さまざまな実験を行い、どのように意思決定されるかを明らかにしている。筆者の価値観で、いくつか重要と思われる考察をピックアップしてみる。

1 結論が先で、理屈が後

自動的に即決するシステム1は、合理的な思考なしに結論に飛びつく。そして、人は正しいと思ってしまった答えについては、そこにたどり着く理屈も正しいと思い込む。
通常は、理屈が正しいことを拠り所として結論が正しいと認識する。しかし、システム1が選択する答えは、そうならない。合理的結論に到達しない危険性をいつもはらんでいる。

2 無意識

システム1は自動運転でスイッチを切ることはできない。そのため、直観が最初に働く。この状態からシステム2を登場させるためには、自分自身が「きちんと考えよう」を意識する必要がある。しかし、システム1からシステム2への切り替えは、ほとんど無意識である。その上システム2は怠け者で、論理的に考えたつもりになっても、結局システム1が直観で選択した答えに追従することがある。
みなさんの会社でも、そのような場面に遭遇したことはないだろうか。意思決定者に、合理的な選択理由を説明してもそれが無視され、「私の経験ではこっちだ」とか「やっぱり第一印象のこれにする」と物事が決まることがある。

3 問題の置き換え

直観的にヒューリスティックが働くとき、しばしば問題の置き換えが起こる。現在直面している複雑な問題を、過去に経験した簡単な問題にすり変えて、答えを選択する。しかも、自動的で瞬時に判断しているから、そういった置き換えを意識しない。
例えば、最近の株式市場において、「為替が円高に振れたから海外売上比率の高いこの会社は、株価が下落する」と判断する人がいるかもしれない。しかし、それでは現在直面している経済状況の複雑さが考慮されているとは言えない。米中貿易戦争・アメリカの金利・途上国の為替リスク・イギリスのEU離脱など、さまざまの視点からの理解が必要だ。

4 自我消耗

システム2は疲れやすい。複雑で難しい意思決定が続くと消耗して、意識的コントロール力が低下する。その場合、「もうこれ以上考えたくない」となるか、考えたとしても機能不全になる。継続して困難な意思決定を行うためには、メンタルエネルギーが必要となる。余談だが、自我消耗の状態を改善するのに、ブドウ糖の摂取が効果があると言う。

まとめ

ダニエル・カーネマンは、これほど研究しても自身の意思決定について、この種のバイアスをなくすことは難しいだろうと述べている。筆者自身の意思決定の場面を想像しても、彼に同感だ。ただし、企業における意思決定のうち重要なものは、そういったバイアスの介入を避けるべきである。
非常にありきたりの方法であるが、背景・状況も含めてどのように意思決定したかの記録を残し、次回の意思決定ではよりよい結果となるようにPDCAサイクルを確立すべきである。あるいはデータサイエンスを業務に適用する方法論を確立して、合理的な選択肢が選ばれるようにする手もある。
このようなデータ経営の基本動作を定着させることが、結局は意思決定を改善する近道だと考える。

注)「ファスト&スロー」は上巻・下巻でそれぞれ約400ページ、全体で800ページの大作である。私は内容が面白くて2回読んだ。今回取り上げた要点は、ほんの1部でまだまだ多くの要点が存在する。(感覚からすると1/20程度しか紹介できていない。つまり、あと20回は同様のブログが書ける。)意思決定の改善に関わる人は、ぜひ読んでいただけたらと思う。