ピラミッド型組織で実現するデータスチュワードシップ体制を解説
これまでデータガバナンスにおいて日常的な業務を担うデータスチュワード(ビジネスデータスチュワードやテクニカルデータスチュワードなど)の役割を解説してきました。しかしながら、データガバナンスを適切に実行するためには、データスチュワードだけでなく、取り組み全体を支援する体制も非常に重要になります。
「データスチュワードシップ」シリーズ第6弾である今回は、データスチュワードシップの取り組みに求められる体制に焦点を当てて、どのような人が参加すべきか、3つの委員会組織と2つの支援組織について解説していきます。
3つの委員会組織
本書の第1章「データスチュワードシップとデータガバナンス:双方をどう連携させるか」 では、データガバナンスプログラムを実行するためのデータスチュワードシップ体制について、「実行運営委員会」「データガバナンス委員会」「データスチュワードシップ評議会」の3つの委員会組織で構成されるピラミッド型の体制構造で表現しています。(図1参照)
各委員会組織は権限と責任の範囲に違いがあり、その意思決定に必要なメンバで構成されます。また、上位の委員会組織が下位の委員会組織の任命に責任を持ち、下位組織には上位組織への報告義務があります。もし、委員会組織内で判断できない事があれば上位の委員会組織が意思決定を行う、という関係性があります。
次に、各委員会組織の構成メンバを解説していきます。
(1)実行運営委員会
構成メンバ
- 経営幹部 ※COO、CIO等エグゼクティブスポンサーシップを持つメンバほか
- 上級管理職 ※ビジネス部門、IT部門の部門長
- データガバナンスマネジャー
ピラミッドの頂点は、経営陣を含む上級管理職で構成される「実行運営委員会」です。データガバナンスプログラムのような全社的な取り組みでは、その内容や新しい役割に対する懐疑や抵抗が生じる恐れがあります。特に、データガバナー(データオーナーと同義)やビジネスデータスチュワードは、多くの組織では新しい役割です。このような課題を克服するためには、経営陣の支持を得て組織文化の変革を進める必要があります。
また、体制の構築に際し、組織変更やメンバの任命、不足する人材の確保、さらにツール導入にかかる費用の予算化など、経営陣の承認が不可欠です。事業領域を横断する意思決定や、企業全体の利益を考慮した最終的な判断も、経営陣が権限を持ちます。
そのため、経営陣が体制に積極的に関与し、取り組みを支援するとともに、上申の経路を明確にしておくことが、データガバナンスを円滑に運営する上で欠かせません。
さらに、実行運営委員会には、データガバナー(データガバナンス委員会の構成メンバ)の任命や、データガバナンスポリシーの最終承認といった権限もあります。なお、実行運営委員会の運営はデータガバナンスマネジャーが議長を務めます。(データガバナンスマネジャーの所属については後述します)
(2)データガバナンス委員会
構成メンバ
- データガバナー
- データガバナンスマネジャー (任意)
- ビジネススポンサー、ITスポンサー
次の層は、「データガバナンス委員会」です。この委員会は、データを所有するビジネス機能の代表者であるデータガバナーで構成され、主にデータに関する意思決定が行われます。
例えば、データの使用方法の変更やデータ品質問題の改善が挙げられます。通常、これらは後述する「データスチュワードシップ評議会」でビジネスデータスチュワードによって意思決定されますが、ビジネス機能間で合意に至らない場合はデータガバナンス委員会に上申されます。
データの変更や問題の改善に関しては、どの課題を優先してリソースを割り当てるべきかを決定します。また、後述する「データガバナンスプログラム・オフィス」が策定したポリシーのレビュと承認を行います。(承認済みのポリシーは最終的に「実行運営委員会」へ送られます。)
さらに、ビジネスデータスチュワードの任命も行います。データガバナンス委員会の運営もデータガバナンスマネジャーが議長を務めて行います。
(3) データスチュワードシップ評議会
構成メンバ
- ビジネスデータスチュワード
- リードデータスチュワード ※データドメイン主導の場合
- エンタープライズデータスチュワード
階層の一番下は、ビジネスデータスチュワードで構成される「データスチュワードシップ評議会」です。ここは、データスチュワードシップの日々の取り組みを主導する上で最も重要な組織です。データの用途、変更の影響、ルールに精通しており、データガバナーの意思決定を支える提言を行います。
データドメイン主導のデータスチュワードシップでは、データドメインのビジネス機能を代表するリードデータスチュワードが参加します。また、データの使用方法の変更やデータ品質要件について意思決定を行い、その内容をデータ利用者へ伝達します。
また、全社的なデータ標準やポリシーに関する諮問機関として、データガバナンスに必要なガイドラインの起草や改訂の提言のほか、データガバナンスを実行するための日常的なプロセスの定義や調整も行います。
データスチュワードシップ評議会の運営は、データガバナンスマネジャーによって任命されたエンタープライズデータスチュワードが担当します。
2つの支援組織
データガバナンスを実行するには、上記3つの委員会組織を支援するIT部門とデータガバナンスプログラム・オフィスの2つの支援組織が欠かせません。
(1) IT部門
各委員会組織で適切な意思決定が行えるよう支援することが、IT部門の重要な役割です。具体的には、データスチュワードシップ評議会から提案されたデータ定義の変更やデータ品質の問題に対し、システムやアプリケーションへの影響を分析するなど、技術的な専門知識を提供してデータガバナンスの取り組みをサポートします。
特に、テクニカルデータスチュワードがこの役割を担いますが、支援要請に迅速に対応できるよう、正式に通常業務の一環としてメンバを任命しておくことが重要です。
(2) データガバナンスプログラム・オフィス
構成メンバ
- データガバナンスマネジャー
- エンタープライズデータスチュワード
「データガバナンスプログラム・オフィス」のメンバは、各委員会組織の議長を務めるなど、委員会の運営を支援する役割を担います。
データガバナンスマネジャーは全社的なデータガバナンスポリシーの策定を担当し、エンタープライズデータスチュワードはビジネスデータスチュワードが使用するプロセスおよび手順の設計を進めます。これらデータガバナンスの取り組みに関することを文書化し、データガバナンスに取り組むすべての関係者が利用できる形で提供する責任があります。
なお、データガバナンスプログラム・オフィスは、ビジネス機能を代表した各委員会組織と緊密に連携する必要があるため、IT部門ではなくビジネス部門から選任されたメンバで構成されることが推奨されます。
体制構築時の着眼点
本書の中でも触れられていますが、体制の構築にあたり着目すべき3つのポイントをご紹介します。
その1)ビジネスユニットを超えて、ビジネス機能に焦点を当てる
ビジネスユニット(物理組織)を基準とせず、ビジネス機能に焦点を当てることで、組織再編に振り回されることなく、委員会組織の安定した運営が可能になります。これにより、組織再編による委員会メンバの欠員や再任命にかかるコストを最小限に抑えることができます。そのためには、どのビジネス機能がどのデータを所有しているのかを明確にし、ビジネスデータスチュワードを適切に任命することが重要になります。
結果的にビジネスユニットに近い形でメンバが任命される場合もありますが、組織再編が頻繁に行われる企業では留意しておくべき点です。
その2)単一のビジネス機能が複数のビジネスデータスチュワードを持つ
事業規模の大きさやビジネス機能の複雑性によっては単一のビジネス機能が複数の業務にカテゴリ分けされており、これらの業務に関わるデータのすべてについて、その意味や用途を十分に把握している人がいない場合があります。このような場合、ビジネスデータスチュワードを1人に絞ってしまうと、かえって不都合を招く恐れがあります。たとえ単一のビジネス機能であっても、データごとに適切な人を任命することが重要です。
その3)同一のビジネス機能でも各会社組織からビジネスデータスチュワードを配置する
複数の事業会社や子会社を含む大規模な体制を構築する場合、同じビジネス機能が扱うデータであっても、会社組織ごとにデータの詳細な定義やルールが異なることが考えられます。このような場合には、各会社組織のビジネス機能からビジネスデータスチュワードを任命します。
これら3つのポイントはいずれも、ビジネス機能主導のデータスチュワードシップにおいて重要な要素です。特に、大規模で複雑なビジネス機能では、データに関する定義やルールの一貫性をどの程度求めるかの見極めがより重要になってきます。ビジネス機能の複雑性を考慮した上で、適切なビジネスデータスチュワードの任命を行うことが体制の構築のカギになります。
ビジネス部門が主役
ビジネス部門とIT部門にあえて分けて考えると、データスチュワードシップの中核を担うのはビジネス部門のメンバといえます。データの正しい定義や品質向上を図る際、データの意味や用途に関する深い知見を持つのはビジネス部門なので、データに関して最終的な意思決定を下す役割は、ビジネス部門が担うのが適切です。
一方で、IT部門はこれらの意思決定をサポートする立場として貢献することで、より正確で信頼性が高く、効率的な意思決定が可能になります。もし、データ活用の取り組みにおいてビジネス部門が十分に関与しておらず、体制に課題を感じていらっしゃる場合は、本書で紹介する体制をご参考いただければ幸いです。