なぜビジネス部門に「データマネジメント試験」が必要なのか

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)(https://www.ipa.go.jp)では2027年から、ビジネス部門向けの「データマネジメント試験」が開始される予定です。なぜ今、ビジネス部門にデータマネジメントの理解が求められているのか、その理解とは具体的にどのような内容かについて、考察します。
試験概要 ※2026年2月時点の公開情報より
IPAの公表資料(https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-gakushu/j5u9nn00000037f5-att/001-data-appendix-02.pdf)では、「データドリブン経営の重要性が高まる一方で、企業内ではデータのサイロ化や分断が進み、全社的なデータ活用が十分に進んでいない」現状を指摘しています。その解決には、「データを活用可能な状態に整備・管理できる人材を増やすことが必要である」と示しています。そして、その役割はIT部門やデータサイエンティストだけで担えるものではなく、データを日々扱うビジネス部門にも広げていく必要がある、という問題意識があると読み取れます。
こうした背景のもと創設されたのが、IT部門やエンジニアの方々ではなく、ビジネス部門向けの「データマネジメント試験」です。本試験は、AI活用に向けて、データを活用可能な状態に整備・管理するために求められる基礎的な知識の理解とスキルの習得度合いを評価するための試験とされています。レベル感としては、ITパスポートの次に受けるものと説明されています。試験は2027年開始予定で、CBT(Computer Based Testing)方式で実施される見込みです。詳細なシラバスや出題構成については、今後公表される予定です。
今なぜビジネス部門にデータマネジメントの理解が求められるのか
ビジネス部門では、日々、自分たちの業務を円滑に回すための様々な創意工夫がされています。例えば、円単位で全ての桁数を入力しなければならないところを千円単位に省略したり、別項目に分けて入力すべき値をひとつの項目にまとめて入力したりすることがあります。これはシステムの改修ができないために、現場の運用で何とか対応しているようなケースです。しかし、このような工夫は現場の業務を回すことに配慮していても、その先の「全社的なデータ活用」や「AI活用」までは意識されていないことが多いのではないでしょうか。
データの入力元であり、そのデータの意味や業務での使われ方を最も理解しているビジネス部門が、整備された価値あるデータを生み出すことが、全社的なデータ活用やAI活用の前提となります。そしてそれが回り回ってビジネス部門にもメリットをもたらします。そのためにはデータマネジメントの基礎的な理解を持った上で、より積極的に関与することが求められるため、本試験が創設されたのだと考えられます。
では、具体的にビジネス部門には何を理解し、どのように関わることが期待されているのでしょうか。
ビジネス部門に知ってほしいことと、関わってほしいこと
出題範囲の詳細はまだ明らかではありませんが、数あるデータマネジメント活動の中でも、ビジネス部門が特に深く関与する活動として、次の三つが挙げられます。
- メタデータ管理
- データ品質管理
- データモデリング
それぞれについて以下で見ていきます。
1.メタデータ管理
全社的なデータ活用やAI活用を実現するためには、そのデータはどのような意味を持ち、業務上どのような用途で用いられるのかといった、いわゆるビジネスメタデータが不可欠です。ビジネスメタデータはビジネス部門の方の頭の中に蓄積されており、その知識を用いて日々の業務を行っています。ドキュメントなどで整理されていない限り、ITの仕組みで自動的に取得したり生成したりできるものではありません。
ビジネス部門の方に知っていただきたいのは、「データには意味があり、その意味を最も理解しているのは自分たちである」こと、そして「データの意味が形式知化されなければ、全社的なデータ活用やAI活用は実現できない」ことです。だからこそ、ビジネスメタデータの定義を整備していく場面では、頭の中にある業務知識やデータの意味を言語化して落とし込む役割として積極的に関わっていただく必要があります。
2.データ品質管理
全社的なデータ活用やAI活用の前提となるのは、データが正確で信頼できる状態にあることです。しかし現実には、誤入力や未入力のほかに、「男性」「男」「M」のように、意味は同じでも表記が統一されないまま登録されることもあります。現場の業務では人がその内容を解釈して判断するため、修正しなくても業務は継続できますが、そのデータが後で別部署に渡り、分析やAIの学習に使われたとき、データの欠損や入力揺れがそのまま分析結果やAIの出力に反映されてしまうため、誤った分析結果により誤った判断をする恐れがあります。ITの仕組みで一定の自動補正が可能な場合もありますが、すべてを正確なデータに修正することはできません。
ビジネス部門の方に知っていただきたいのは、「日々入力しているデータが、将来の全社的なデータ活用やAI活用のインプットになる可能性がある」こと、そして、「入力の仕方や精度によっては、分析結果やAIの出力に影響を与え、結果として誤った判断につながる可能性がある」ことです。だからこそ、入力の仕方や入力の精度の見直しが求められた際には、それを単なる業務負荷と捉えず、データをより活用しやすくするための取り組みであるという視点で、積極的に関わっていただきたいです。
3.データモデリング
全社的なデータ活用やAI活用では、単一のデータだけでなく、複数のデータを組み合わせて利用することが前提となります。そのためには、業務でどのようなデータが扱われており、それらがどのような関係にあるのかを整理しておく必要があります。その整理の手段の一つがデータモデルです。IT部門は、システムという「器」の構造は理解していますが、その中のデータが業務でどのように使われ、他のどの業務と結びついているのかまでは把握しきれていません。
ビジネス部門の方に知っていただきたいのは、「業務の実態を最もよく知っているのはビジネス部門である」こと、そして、「もしビジネス部門側の関わりがなければ、実態と乖離した整理がされてしまい、データの関係性を誤って理解したままデータ分析やAI活用が進んでしまう」ことです。データモデルを自ら描けるようになる必要はありません。ただし、作成されたデータモデルが業務の実態と合っているかを確認し、違和感があればそれを指摘していただく必要があります。
データの意味を知っているのも、日々データを生み出しているのも、業務の中でデータを扱っているのも、すべてビジネス部門です。ビジネス部門の関与なしに、全社的なデータ活用やAI活用は成り立ちません。どのような出題になるかはまだ分かりませんが、データマネジメント試験では、少なくとも上記についての基礎的な知識や理解が問われるのではないかと考えられます。
ビジネス部門の活動を支えるデータマネジメント専門組織の役割
試験を通じて基礎的な知識を身につけたビジネス部門から、主体的にデータマネジメントに取り組もうとする動きも出てくるでしょう。その動きを後押しし、推進しやすい環境を整えるのが、データマネジメント専門組織の役割です。本ブログでは内容の詳細は割愛しますが、具体的には、次の四つの備えが考えられます。
まず一つ目は、データマネジメント活動の推進支援です。ビジネス部門からの相談に対して応えられるように、具体的な活動に落とし込むための専門的な知識の習得とサポート体制の整備が求められます。
二つ目は、教育・育成の仕組みづくりです。試験をきっかけに、より深く学びたいという声も出てくるはずです。その受け皿として、専門研修や人材育成の枠組みを用意しておくことが重要になります。
三つ目は、全社視点でのデータ設計です。各部門がそれぞれ点で活動する中で、守ってもらうべき全社標準ルールを整備し、全社最適化されたデータ構造としてどのようなものを目指すのかという青写真をあらかじめ描いておくことが不可欠です。これがなければ、各ビジネス部門の活動は個別最適に陥ってしまいます。
そして四つ目が、文化の醸成です。部門横断のコミュニティや活動共有の場、評価やキャリアパスといった仕組みを整えるなど、データマネジメントを一過性の取り組みで終わらせない土壌をつくることが求められます。
ビジネス部門が主体となって動けるようにするための土台づくり。これが、これからのデータマネジメント専門組織の担当者に求められる役割になるのではないでしょうか。
データマネジメント試験をきっかけに
昔、私がSCM担当者として働いていたころ、終売品を区別するために、システム内の品目名に「終売」「削除」「EOL」といった言葉をその都度付けて管理していました。その結果、別部署での終売品目の抽出漏れや、拠点間での品目名の不一致が生じました。当時は、目の前の業務が回れば十分だと考えており、そのデータが後でどう使われるのか、という視点は持っていませんでした。でももし当時、データマネジメントの知識があり、「観点を混在させずに、データ項目に登録するデータは、あらかじめ定義された内容に従って登録しなければならない」ことを知っていれば、品目名に終売という意味まで持たせて登録するのではなく、終売フラグを別途持つようにIT部門へ依頼していたかもしれません。
データを日々生み出しているのはビジネス部門です。その一つひとつの入力や定義の積み重ねが、後の全社的なデータ利用やAI活用の前提になります。今回のデータマネジメント試験が、そうした前提を理解する人を増やすきっかけになることを期待しています。

