ジョブ理論とデータ分析
ジョブ理論は、「イノベーションのジレンマ」の著者であるクレイトン・M・クリステンセンらによるビジネス書1である。副題には、「イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」とある。
この書籍を読むと「イノベーションを起こすことに関して、データ分析は有効ではない」との印象を受けるが、私はそうではないと思っている。
今回のブログは、DMBOK2からちょっと離れて、ジョブ理論をデータ分析の視点で考察してみる。(本稿でのデータ分析はデータ解析の意味。データモデリングの意味ではない。)
まず、序章には次のような指摘がある。全文は載せられないので、ポイントを要約してみる。
ビッグデータ革命のおかげで、日々さまざまな分析が行われている。過去から現在までの洪水のようなデータに眠るパターンをコンピュータに発見させれば、イノベーションの問題は解決できるはず、ということだった。しかし、現実にはそうなっていない。
データによって相関関係は可視化できたとしても、因果関係は可視化できていないからだ。つまり、こうしたデータ分析は、“顧客がなぜ、ある選択をするのかについて何も教えていない”
まさに、そのとおりだと思う。データ分析で明らかにする対象や考え方がずれているという指摘である。年齢別、性別、地域別、年収別などに顧客の購買動向を細分化したとしても、求める解の性質が違っているので、答えが見つかるわけではない。
また、他の箇所では次の記述がある。
企業は多くの時間と資金を投入して、大量のデータを駆使したモデルを整備したものの、その結果、説明の達人になっただけで、(イノベーションの)予測の能力は向上しなかった
これも、データ分析に対して手厳しい内容だ。
なぜ、この商品・このサービスを顧客が選んだのか、あるいは選ばなかったのかを知りたければ、その時の生活の背景や選びたくなる心情を可視化しなければならない。
すなわち、ジョブ理論が考察していることは次のようになる。
本文から引用する。
我々の考察の基本は、顧客が進歩を求めて苦労している点は何かを理解し、彼らの抱えるジョブ(求める進歩)を片付ける解決策とそれに付随する体験を構築することにある
クリステンセン氏によれば、このような考察がイノベーションの予測に必要であると言っている。
この書籍には、顧客がジョブを解決する事例の考察がいくつも出てくる。その1つが、ミルクシェイクの販売だ。
午前9時に、来店する顧客のほとんどが、店内で飲まずに、車で走り去っている。ミルクシェイクが解決しているジョブは、“仕事先までの長く退屈な運転の気をまぎわらせるもの”、“昼食まで腹をもたせるもの”であった。
また、午後や夜にミルクシェイクが解決するジョブの例としては、“親が子供にいい顔をして、やさしい父親としての気分を味わう”というものだ。
ほかにも、ユニリーバ、エアビーアンドビー、アマゾン、BMW、サザンニューハンプシャー大学、クイックブックス、キンバリー・クラーク、ウーバーなどなど、多くの事例が紹介されていて、新たな発見が楽しい。「なぜ、ある商品・あるサービスが選ばれるのか」についての、奥深さが読み取れる。(興味があれば、ぜひ、この本を購入してお読みください)
イノベーションを成功させるためには、因果関係を可視化する視点が重要であり、従来のような数値データの分析では不十分である。この書籍では、ジョブを可視化するための質問が紹介されている。
- その人が成し遂げようとしている進歩は何か
- 苦心している状況は何か
- 進歩を成し遂げるのを阻む障害物は何か
- 不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか
- その人にとって、より良い解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために、引換にしてもいいと思うものは何か
これらの質問は、その商品・そのサービスが買われる際のコンテキストや心情を可視化する。
ところで、データ分析の場面では、実世界をデータとしてとらえる時点で、その説明の方向性や可視化しようとしているものが、分析者によって決められている。
なぜ年齢を聞くのか?なぜ住んでいる地域を確認するのか?
商品やサービスの売上と因果関係があると考えるデータや分析モデルを、すでにデータ分析者が想定している。その分析モデルが間違っていたとすれば、イノベーションの予測など、できようはずもない。
上記の1~5の質問を、一人ひとりの顧客に投げかけてジョブを見つけ出すのには、相当な時間と労力がかかる。大量のデータを集めてパターンを見つけ出すというよりも、少量のデータの中で、より本質に迫る洞察力が重視されよう。
先に示したミルクシェイクの例で言えば、ある人に質問した結果として「会社までの運転の手持無沙汰を解決するため」という答えが見つかったとき、これをどう解釈すべきだろう。単にこの人だけの考え・価値観なのか、それとも多くの顧客に共通するものか、判断が難しい。
こういったことを、正しく把握するためには、やはりデータ分析の技術が必要になろう。ただし、この場合に使えるのは、数値のデータ分析法ではなく、テキストから意味を取り出し、何らかの傾向を読み取るデータ分析法である。
また、このようなデータ分析法に加え、AIも応用できれば、ジョブそのものを発見することも支援してもらえるようになるだろう。
せっかく、イノベーションの予測に使える本質的な視点をクリステンセン氏から教えてもらったのだから、これを使わない手はない。日々進化している自然言語解析の技術等を使い、イノベーションの核となるジョブを見つけ出そうではないか。
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クリステンセン, クレイトンほか(2017)
『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ・ジャパン.
http://www.harpercollins.co.jp/job/ ↩