ガバナンスレビューが属人化しないために
データガバナンスのレビューとは

近年、データガバナンスの取り組みとして、データガバナンスポリシーや標準ガイドラインを整備し、それらをシステム開発や業務現場へ適用しようとする企業が増えています。しかし、標準ガイドラインが社内規定として整備されてはいるものの、それらの遵守が現場に委ねられているケースが少なくありません。その結果、システム開発側では従来どおり個別の業務要件や開発スケジュールが優先され、ガイドラインから逸脱した設計のまま開発が進んでしまうことがしばしば見受けられます。
こうした事態を防ぐために、データガバナンス担当者を設置し、設計成果物に対するガバナンスレビューを開発プロセスに組み込むことで、標準ガイドラインを確実に遵守させる必要があります。本稿でいうガバナンスレビューとは、データモデル、テーブル定義書などの設計成果物が、データガバナンスポリシーおよび標準ガイドラインに沿っているかを確認し、是正する活動を指します。
ガバナンスレビューにより、ポリシーやガイドラインを単なる文書に留めず、実際のデータベース設計へと落とし込むことが可能になります。これにより、全社的なデータ整合性が担保され、データ利活用しやすい環境が実現されるようになります。また、現場での適用を通じてガイドラインの実効性を検証し、見直しにつなげることもできます。ガバナンスレビューは地道な活動ですが、データガバナンスの実効性に寄与する重要な取り組みです。
データガバナンスの推進体制とレビューの役割分担
ガバナンスレビューを効果的に機能させるためには、推進体制が不可欠です。全社規模でデータガバナンスに取り組む企業では、全社組織と業務領域別組織の二階層で組織を編成することが多いです。全社データガバナンス組織(全社DGチーム)を設置し、そこに全社データスチュワードや全社データアーキテクトを配置します。そして、営業領域や生産管理領域などの業務領域ごとに業務領域別データガバナンス組織(領域別DGチーム)を設置し、各領域のデータオーナ、領域データスチュワード、領域データアーキテクトを配置します。
全社DGチームが標準ガイドラインの策定や全社的な統制・監査業務を、領域別DGチームが配下のプロジェクトに対するガバナンスレビューを担います。領域別DGチーム立ち上げ初期は、全社DGチームが教育目的で一緒にガバナンスレビューを行うことで、レビューのスキル習得を図ります。
属人化という落とし穴
一方で、このような体制には「属人化」という課題が内在します。本稿でいう属人化とは、同一の標準ガイドラインに基づくべきレビューが、データスチュワードやデータアーキテクトを担当する個人の経験や解釈に依存し、判断の再現性や一貫性が確保されない状態を指します。
実務の現場では、担当者によってレビューの厳しさや指摘内容が異なることがよくあります。ある担当者では問題なしと判断された設計が、別の担当者では是正対象になるといった不整合が生じたりします。たとえば、実際にガイドラインを策定した全社DGは、作成意図や背景といった暗黙の前提を理解しているが、それらは実際ガイドライン上で明文化できておらず、他のレビュー担当者に伝わらない場合があります。また、最前線にいる領域別DGが、設計現場の担当者との摩擦を避けるため、ガイドラインの解釈を緩めてしまう場合も考えられます。全社DGチームと業務領域別DGチームの間でレビューが異なることが増えると、開発側は「結局、誰の判断に従えばいいのかわからない」という不信感が生まれ、データガバナンス全体の信頼性が低下してしまいます。
では、なぜこのような属人化が生じるのでしょうか。まず、標準ガイドラインの理解度に個人差が生じやすい点が挙げられます。同じ文書を読んでいても、読み落としや解釈の違いが発生しますし、ガイドラインに明文化されていないグレーゾーンがあるとそれまでの個人の経験に基づいて解釈してしまうため、判断に差が出てしまいます。
また、例外をどこまで許容するかといった例外処理の基準が統一されていない場合も、同様に個人に判断が委ねられ差が出やすいです。標準ガイドラインがどういうデータ環境を目指して作成されているのか、という理解が浅いと、ネーミングルールやデータモデル文法などの形式的なチェックに終始してしまい、より本質的なデータ構造の問題を見逃すことがあります。この属人化を避けるために、比較的に実行しやすい4つの対策を提示します。
属人化を避ける4つの対策
① 新人教育向けコンテンツとチェックリストの整備
ガバナンスレビューを担う人材には、標準ガイドラインの理解、業務知識、判断力、論理的な説明力など、幅広い能力が求められます。
少なくとも、基礎理解の底上げをするために、データガバナンスやデータマネジメント教育用の資料や動画コンテンツを整備しておく必要があります。また、レビュー漏れを防ぐために、成果物毎にどの標準ガイドラインを参照し、どういう観点でレビューをするのかを整理したチェックリストも準備しておきます。これにより、経験の浅い担当者でも一定水準のレビューを行えるようになります。
② 過去の指摘・判断を記録・分類・分析する
過去のレビュー指摘や判断結果を記録し、体系的に整理します。「どのようなケースに対して、どの標準ガイドラインを根拠に、どのような判断を行ったのか」を分類し蓄積することで、DGチームとしての判断基準が形式知化されます。法学教育で判例教材集が活用されるのと同様に、形式知化されたものからレビューの仕方だけでなく、指摘がブレやすい論点や、見落とされやすいポイントなども学ぶことができます。また、定期的に指摘件数や傾向を分析することで、レビュー品質の継続的な改善につなげていくことができます。
③ 指摘理由を必ず標準ガイドラインの該当箇所に紐づける
レビュー指摘を行う際には、原則として、どの標準ガイドラインの条項に基づく判断なのかを明示します。判断根拠を文書として残すことで、属人的な解釈を排除しやすくなります。
この対応により、開発側は「どの基準に照らして是正が求められているのか」が理解できるようになり、指摘に対する納得感も出てきます。また、全社DGチームと領域別DGチームの間で判断の軸が明確になり、類似の事象に対してもレビュー結果が同じになるなど再現性が高まります。特に例外的な判断を行った場合は、どの標準ガイドラインの条項を解釈した結果なのかを明示しておくとよいでしょう。紐づけることにより、レビュー者自身も標準ガイドラインを今一度確認し、その内容をより深く理解するきっかけにもなるのでしょう。
④ 全社DGチームと領域別DGチームによる定期ワークショップの開催
属人化を防ぐ上で特に重要なのが、定期的な対話の場を設けることです。ワークショップ形式で、ガイドラインの曖昧な箇所やグレーゾーン、例外ケースの扱いについて議論し、共通認識を形成します。
これは個別案件の是非を決めるレビュー会議ではなく、判断基準そのものをすり合わせるための場です。標準ガイドラインの策定者と現場のレビュー者という異なる立場の人が認識を共有することで、組織全体としての判断軸が安定するようになります。
おわりに
本稿では、ガバナンスレビューにおける属人化の問題と、その対策について整理しました。属人化は、複数の人やチームが関わる以上、完全に排除することは困難です。しかし、判断根拠の明確化、経験の形式知化と蓄積、定期的な対話、教育作成と育成といった取り組みによって、一定の品質で安定したレビューが行えるようになります。そして、最終的には全社DGチームや領域別DGチームが信頼されるようになり、データガバナンスが全社組織に浸透していくのではないでしょうか。

