海外データマネジメント専門家から学ぶData Strategy(データ戦略)
2024年3月末に、アメリカのオーランドで開催されたデータマネジメントの国際的カンファレンスEnterprise Data World(以下EDW)に参加しました。
EDWでは、6日間にわたり100以上のデータマネジメントに関する講演が実施されました。海外のデータマネジメント専門家による講演はどれも興味深く、日本にも広めたいと思う内容が非常に多かったです。
※EDWについてもう少し知りたい方は、少し古い記事にはなりますが、こちらも是非ご覧ください。
さて、今年のEDWに戻りますが、以下のトピックが多く取り扱われていた印象があります。
- データガバナンス
- AI/機械学習
- データリテラシー/カルチャー
- データ戦略
これらの中でもデータ戦略についての講演、Marilu Lopez氏による「Data Strategies for Data Governance…and More!(データガバナンスだけではない!データ戦略)」が特に筆者の印象に残りました。
日本では、DAMAホイール図にある各知識領域など、特定のデータマネジメント活動について語られることは多いですが、その上流となる企画戦略について語られることは少ないと感じたので、今回はこちらの講演にスポットを当ててご紹介したいと思います。
データ戦略とは何か?
Marilu氏は講演中、データ戦略を以下のように定義していました。
“Data Strategies are the highest-level guidance in an organization on intelligently assigning resources to work in an integrated way to achieve data-related goals and contribute to achieving business strategic objectives.”
※以下日本語翻訳
「データ戦略とは、組織においてリソースを賢く割り当てるための最上位の指針である。これにより、1つの統一された方法でデータに関わるゴールは実現され、ビジネス戦略目標の達成にも貢献できる。」
つまり、どういうことでしょうか。
まず“戦略”とは、達成したい目標のために、組織内にあるリソース(ヒト・モノ・カネなど)をどう効率的に配置するのかを考え、それを実施するための方向性を示すこと(実際の作業レベルに落とし込んだ細かいものではない!)と解釈できます。では、“データ戦略”とは何でしょうか。これは、ビジネス戦略目標の達成に貢献するため、データの観点で成すべきことは何かを検討し、それらを実現するための“戦略”が“データ戦略”です。このことを同氏は講演中に繰り返していました。
そして、ビジネス戦略目標と、データ戦略を密接に紐づけることで、データやITについてあまり詳しくないビジネス側の人に対しても、データマネジメント・ガバナンスの意義や、何から取り組むべきか、その期待値等について、理解を得やすくする狙いもあります。
なぜデータ戦略が必要なのか?
逆に、データ戦略が定義されていない場合の影響についてMarilu氏は、以下のように述べていました。
- 利用されない、もしくは期待に合わないテクノロジープラットフォームへの過度な投資
- データマネジメントやデータガバナンスプログラムに対し、適切なリソースが割り当てられない
- データマネジメント活動自体が拒絶される など
実際に筆者もコンサルティングの現場などで、「高価なデータカタログを導入したが、自分たちが使いたい用途以上に高機能なため、持て余してしている」や、「データ分析基盤を構築したが、なかなかビジネス側に利用してもらえない」といった話を耳にします。
このように、せっかくの苦労が無駄とならないよう、データ戦略を定義することが非常に重要です。
4つのデータ戦略
Marilu氏によるデータ戦略の定義には、“Data Strategies”と書かれており、同氏は全部で4つのデータ戦略を定義しています。これらについて、筆者の解釈を交えてご紹介します。
①Data Alignment Strategy(データ整合性戦略):
優先度の高いビジネス戦略を実行する上で、どんなデータがどうあるべきかを検討し、そのデータに関連する要素(そのデータを実現することで提供できる価値や、データを生成する組織、利用する組織など)を特定する。
②Data Management Strategy(データマネジメント戦略):
①データ整合性戦略を受け、必要となるデータマネジメント機能(≒DAMAホイール図※の各知識領域)の優先順位付けなどを行う。その際、①データ整合性戦略を作成する中で特定した、早急に解決すべきデータの課題などの視点から優先順位付けを行うと良い。
③Data Governance Strategy(データガバナンス戦略):
②データマネジメント戦略で優先順位付けしたデータマネジメント機能をガバナンスする際に、実施する具体的な活動や、範囲(ガバナンス対象となるデータや業務領域)、ガバナンス体制等を検討する。
④Specific Data Management Functions Strategies(特定データマネジメント機能戦略):
②データマネジメント戦略や、③データガバナンス戦略で決めた内容を元に、優先順位付けした各データマネジメント機能で実施する具体的な活動や、対象となるデータ、実施体制等を検討する。
①~④はそれぞれ個別の戦略ではなく、①を受けて②、③、④とブレイクダウンしていきます。また、各戦略は、常にビジネス戦略が達成したい目標と照らし合わせながら検討していきます。
上記の説明だけでは、どのような内容なのかイメージがしづらいと思われますので、架空の卸売業を例に当てはめて、ビジネス戦略目標と、それを踏まえた①~④のデータ戦略について説明します。
ビジネス戦略目標:
- 精度の高い需要予測を基に、商品の仕入を行うことで、過剰な在庫を削減したい。
データ戦略:
①データ整合性戦略
上記ビジネス戦略目標を達成するために、データの観点で以下のような要素を整理する。
整理する要素(例) |
要素の説明(例) |
必要なデータ |
・品目、顧客、拠点などのマスタデータ ・営業部門が登録する商談情報や受注情報などのトランザクションデータ ・調達部門が登録する発注情報などのトランザクションデータ ・各拠点が登録する入出庫などのトランザクションデータ ・物流部門が登録する拠点別品目別在庫などのサマリデータ |
データの課題 |
1. 低品質なデータによる課題 2. 異なるコード体系による課題 各拠点の日次入出庫データを基に、各拠点の在庫一覧を作成しているが、拠点ごとのデータ項目(キーや属性情報)が異なるため、物流部門側での集計に時間がかかっている。 |
課題を解決することで実現できる価値 |
1. 営業部門が登録する正確な商談情報をもとに、精度の良い需要予測が作成できる。 2. 事業部横断で、統一された品目コードを利用することで、受注総量に対し、適切な量の発注を行うことができる。 3. データ統合基盤を構築し、データを収集し、データフォーマットを標準化して蓄積することで、在庫一覧の作成負荷が軽減できる。また、そのほかのレポート作成にも活用できる。 |
②データマネジメント戦略
①で整理した課題やビジネスにおける優先順位を基に、データマネジメント機能に優先順位付けをする。
※()は、実施する内容に対応するDMBOKの知識領域
実施時期(例) |
実施するデータマネジメント機能(例) |
対応するデータの課題 |
1年目 |
・データ品質の維持向上(データ品質) |
1. 低品質なデータによる課題 |
2年目 |
・コード統一(参照データとマスタデータ) |
2. 異なるコード体系による課題 |
3年目 |
・データ統合基盤の構築(データウェアハウジングとビジネスインテリジェンス) ・データ構造の最適化(データアーキテクチャ) |
3. 拠点ごとのデータ項目の違いによる課題 |
③データガバナンス戦略
②で優先順位付けしたデータマネジメント機能に対し、以下の内容を整理し、ガバナンスの方向性を決める(例は、1年目に実施するデータマネジメント機能を対象に説明)。
実施するデータマネジメント機能 |
整理する要素(例) |
要素の説明(例) |
データ品質の維持向上 |
ガバナンス活動 |
・データ品質の維持向上に必要なスキーム(ポリシーや標準、プロセス、体制)を確立する。 ・データ品質の維持向上に対するガバナンスをプログラムとして承認してもらう。 ・プロセスフローやポリシー、標準に沿ってデータ品質の維持向上が行われているかをガバナンスする。 |
ガバナンス対象データ |
・各社の営業部門が登録する商談情報 |
|
ガバナンス範囲 |
・本社、支社の営業部門 |
|
ガバナンス体制 |
・データガバナンス全体をリードする担当者 ・各社の営業部門により入力されるデータの品質に対し、説明責任を持つ担当者 |
④特定データマネジメント機能戦略
最後に、②・③で整理した内容をもとに、優先づけしたデータマネジメント機能について、以下のような要素を整理する(例は、1年目に実施するデータマネジメント機能を対象に説明)。
実施するデータマネジメント機能 |
整理する要素(例) |
要素の説明(例) |
データ品質の維持向上 |
実施する活動 |
・対象となるデータに対し、重要なデータ品質の評価軸を特定し、データ品質の測定方法を決める。 ・データ品質の維持向上をプログラムとして承認してもらう。 ・実際にデータ品質の測定とその改善活動を行う。 |
対象となるデータ |
・各社の営業部門が登録する商談情報 |
|
実施体制 |
・データ品質の維持向上プログラムのリーダー ・データ品質測定結果の評価/分析者 ・データ品質結果を受けた改善活動の担当者 |
このようにMarilu氏のフレームワークで整理することで、ビジネス戦略目標に紐づく形で、データの観点で実施すべきデータマネジメント・ガバナンス機能が明確になります。また、データマネジメントに関わるステークホルダに対して、説得力を持って説明するツールとしても有効だと感じました。
最後に
Marilu氏の講演のような上流の企画戦略だけでなく、データマネジメント領域を深く掘り下げる内容(「ガバナンスポリシーの作成方法」や「データモデリングとNoSQL」など)や、先進技術を取り入れた内容(生成AIのためのデータマネジメント)など、多岐にわたる講演を聞きました。
国内のカンファレンスでは、知りえない講演内容ばかりだったので、これからも機会があればご紹介したいと思います。
また、講演だけでなく、各国からの参加者と話す機会も多くありました。皆さん、同じような悩みや苦労を抱えながら奮闘しているそうで、このような人たちが海の向こうにも多くいることを知り、親近感を抱いたとともに、非常に心強く思えました。
今回はMarilu氏の講演内容をかいつまんでご紹介しましたが、より詳しく知りたい方は同氏の著書「Data strategies for data governance creating a pragmatic, agile and communicable foundation for your data management practice」をご一読ください。
各データ戦略のフレームワークや、それぞれの戦略の作り方など、今回紹介しきれなかった内容が、非常に丁寧に詳しく解説されています。